月峨の娘
              〜 砂漠の王と氷の后より

      *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
       勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


更夜のヴェールが黒々降りていたそれは広大な砂の原に、
じわりじわりと黎明の青が広がりて。
やがて訪のうは朝の先触れ、
遠い遠い東の果ての地平より、その日最初の光の矢が放たれると。
殺風景な砂漠のあちこちに散らばっていた岩や石ころを、
その陰を黒々引き伸ばすことで、
どれほど小さくとも隠れようのない身なこと暴き出してから。
そのそれぞれを暁光で照らしてまばゆく輝かせたのもほんの束の間。
射込まれた光矢がそこここで翅を広げてゆき、
空と大地は等しき明るさに塗り潰されてしまうと、
砂の国はもはや、
渡る風さえ惑わすほどの“無刻の世界”と化してしまう。




とはいっても、
人が営みを送る上にては、そうものんびりとしてはおれぬ。
風さえ惑わす砂漠さえ、その威容もて制覇したからには、
城塞巡らせ、緑を添えて、
覇王が住処とし、それは過ごしやすい街を構えた此処は、
砂の王国の主都であると同時、
今や、この広大な西域を旅する人々にとっての、
主要中継地でもあって。
オアシスの群生を持つほどの、
豊かな水脈に恵まれたのは単なる地の利だが。
数十年ほど前の当地に吹き荒れた、
荒ぶる群雄割拠時代をも制したのは、
紛れもなく覇王の実力と人柄のなせる技。
先の長かった戦さにて、
皇太子として厳重な護衛のただ中に守られてなぞいず、
一司令として進んで危険な前線に立ち。
自らも剛刀振るうのみならず、
率いていった連隊規模の軍勢も、
それは見事な知略をもってして巧みに連携させての、
連勝連勝、負け知らずという戦果がもたらした、
当然の結果に他ならぬ。
尋深くて高貴に知的、そんな人性へは、
頼もしき人望も自然の流れのように集まりて。
世に吹き荒れた波風も収まり、安泰の空気が満ちる中、
覇王の治める広大な領地は、
此処ほど盤石の地盤は無しと、
欧州の列強からさえ謳われるほどの繁栄を見せていればこそ。
そんな王国の首都にもあたろうご城下もまた、
商人のみならず、文化人や冒険家などなど、様々な交流も広がりの、
活気をなお増す日々を紡いでおり。

 「………。」

もはや血なまぐさい戦さは過去の話とされ、
ずんと遠のいたと言われちゃいるが、
だったらそんな日々の残滓が飛び火したそれか。
ほんの1年ほど前に唐突に勃発した、とある諍い これありて。
何に端を発したそれかも、もはや曖昧になって久しい挙兵は、だが、
覇王が直々に現地へまでのした、紛れもなく本格的な戦さであり。
南の果て、炯国という、
それは小さな、だがだが貴石の鉱脈に恵まれた豊かな国が、
この覇王の率いる現世最強の軍勢に襲われ、
ほんの一両日もかからずに敗北を帰したその末、
属国として従うことを誓約。
その誓いを永劫に左右せんとの証しとして、
現王の一人娘、キュウゾウという年若い姫を、
妃という名の人質に差し出させたほどの徹底ぶりは、
周辺諸国へもあっと言う間に広まったほど。
一夫多妻制の地域柄、
既に二人ほどの麗しき妻も抱えておいでだった彼は、
いかにも多情で狡猾そうな喰えぬ男を、
他でもない姫本人へまで延々と装い続けたが。

 『その夜、城の内部から火が出たと、証言するものが多いことを御存知か。』

選りにも選って、王の間近、血縁者に真の裏切り者があったと。
周辺列強から金を掴まされた一派があったとのことで。
されど、公けにすると混乱が長引きもしよう、
それをまた利用する間者も現れようからと。
一気呵成、誰からも文句のつけようのない結果で方をつけるが最良と、
実をいや、王やその腹心とは話を通じさせておいた上での、
主城を舞台にしての壮大な大芝居。

 “…とんだ大タヌキが。”

何も知らない箱入り娘。
目の前の略奪者に警戒を解かず、
刃のような気概を保ち続けるよう持ってゆくのは、
さぞかし簡単だったろう。
そして、それが偽りの顔だったと知ってからこっち、

 「………。」

今の今、そうであるように、
同じ寝床で共に朝を迎えることが。
それ以上はない安堵を、
キュウゾウへとくれるようになった。
今日は執務もないものか、
随分と遅寝を決め込んでの、添い寝を続けている、
覇王様ことカンベエであり。
くせのある深色の豊かな髪もよく映える、
彫も深くていかにもいかめしい、
そのくせ哲学者のように聡明さをたたえた、男らしい面差しと、
壮年とは思えぬ、頼もしくも充実した筋骨をそなえた、
上背のある総身の雄々しさと。

 「…………。////////」

その精悍なお顔をこうして間近に見るたび、
この胸がとくとくと甘く騒がしくなるのに気づいて。
その男臭い温みをこうして間近に感じるたび、
この総身がほわほわと暖ったかくなるのに気づいて。

 実を知れば、それはそれは頼もしい人。
 好もしい人へと変わるのに、時間もさしてかからなくって。

こちらから触れてみたいと思うものは、
これまでにも無かった訳じゃあないけれど。
向こうから触れてほしいと思った相手は、
恐らくは親を除けば彼が初めてではなかろうか。
大きな手で髪を梳いてくれても、
響きのいいお声で耳元に囁いてくれても。
鞣したような強い肌の張った胸元で、
全て余さずすっぽりと抱いてくれても、
目眩いがするほどドキドキするのが困りもの。

 そうはいかぬと、そうそう手玉に取られはしないと

負けず嫌いなところだけは萎えぬまま、
真っ向から向かい合ってたつもりなのに。
気がつけば…言葉で目線で、いいように翻弄されての、
あっと言う間に したり顔の覇王に組み敷かれており。

 “…力に差があるのだ。////////”

だから、仕方がないとは自分への苦しい言い訳。
それはそれでいいとして。

 「……………。」

そんな烈火の姫様が、
起きぬけの閨房にて じっとじいっと見つめているのは。
少ぉしうつむき加減になっている年上の伴侶様の、
気難しそうな、でもでも惚れ惚れする男ぶりの寝顔だったが。
穏やかな寝息も、無心に眠り続けておいでの静かな表情も、
どこといって不審なところなぞない筈で。
少しほど胸元の開いた、生なりの寝間着越し、
彼の眠りをくるむ微熱がこちらへも伝わってくるのを、
もう小半時ほども、ただただ堪能していたキュウゾウだったが、

 「…。」

何を思ったか、おもむろに…その小さな白い手を持ち上げると。
ずっと見つめていた大好きなお顔の真ん中、
形よく稜線の通ったお鼻を ぐいと摘まんだものだから。

 「………………………お。」

途端にむうと、
カンベエ様がお顔をしかめてしまわれたのも、無理はなかったものの、
そんなやんちゃをした姫はと言えば、

 「狸寝入り。」

気づいておったぞと手短に言い、
先に起き出そうとその身を起こす。
そちら様は、腰回りからお膝のやや下まで、
肌触りのいい絹布を巻いているだけという恰好であり。
含羞み屋さんの姫が先に目覚めたとして、
こそこそと勝手に寝間から逃げ出せぬようにという用心と、
無論のこと、
覇王がその柔肌で眼福と肌触りを味わうための仕業であったが。
(…おっさん、おっさん。)
こらこら
そんな姿でいることも もはや慣れっこ。
むしろ、瑞々しい肌の張った小ぶりの胸乳が、
起き上がると何とも言えぬ愛らしい円錐形となるのが、

 「    おお。」

態度所作の勇ましさと、きっぱり対照をなす その愛らしさが、
凛々しい中に得も言われぬ青い色香を撒き散らかしての、
これまた何というものか……vv

 「……………。」

なめらかな曲線を描く背中や腰の、
まだ熟れ切らぬ肉づきの薄さも、
可憐な非力なと思えば愛おしくてならず。
仄明るい中に堂々と晒された幼妻の肢体、
そちらは横になったまま、しみじみと見上げている覇王様へ、

 「………とっとと起きぬか。///////」

それと、俺の着物をどこへやったか白状しろと、
さすがに今頃恥ずかしくなったか、
うっすら赤くなりつつ言い放った、烈火の姫であったらしい。



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